決断
いつも、ハーブや野菜を庭で育てている建物がある。
その二階に、間借りしている部屋がある。
とても、美しい年の頃30くらいの女性が、グリーンの園から挨拶をしてくれる。
階段を上がり、部屋に入る。ベットに横になり、喫茶店での話を反芻する。
名前は、佐々木きょうこ
という。
俺をこの生活に引き込んだ少女である。
なんとか団とか結成しそうな爆走している存在。
髪は、短くしてからの方が好きだ。
彼女のいうままに、俺は通学時間が変則的な学校に新しく通うことになった。
そして、ソフトボールの授業のあと、市営のグラウンド近くの喫茶店に入り、
ある話を聞いた。
「これから、大切な話をするわ。集中して聞きなさい。そして、考えること。まずは、、、」
この店、BGMがいささかアグレッシブすぎないか?情熱的で、今にも踊りたい衝動に駆られるサウンドだ!
落ち着いて話をするには、BGMがラウドかつエモーショナル過ぎる」
窓からのぞく爽やかな青い空とは裏腹に、魂のこもったサックス旋律やら打楽器のリズムが、俺の心に迫ってくる。
「そうかしら?
ま、いいわ。少しボリュームを下げてもらうから。」
コーヒーを飲んだせいもあるのか、俺は心臓が誰かに揺さぶられているような心持ちだ。
佐々木きょうこは、
3枚の写真をテーブルに並べた。
「この3枚の写真に何か心当たりは?」
1枚は、ヒゲを生やした目の大きいオヤジの顔である。シワが深く刻まれた偏屈そうな顔をしている。アジアン雑貨の店で、タバコを吸いながら暇そうに日常を過ごしているような雰囲気を感じた。
「分からない。知らない顔だ。サボテンのTシャツは似合ってる気がする。」
「そう。では、2枚は?」
カラフルなアイスを片手に、会心の笑み浮かべる小学生低学年の女の子。ツインテールは伊達じゃない。
「10年後が楽しみだ」
「ふん。じゃあ最後のは?」
やたらスタイルの良い御御足の長い、ハンサム顔をしたナイスガイ。ニコニコスマイルで乙女たちをかどわかす、こういう輩は。
「メンズモデルっていうのか?こういうの。爽やかな顔して裏でなんかやらかしてるだろコイツは。」
「どうやら、本当に何も覚えてないようね。
3周目のアンタは」
3周目?
「アンタは2回死んだわ。志半ばにしてね。どんなバカでも3度目の正直ってものは、あるかもしれない。だから聞きなさい」
くるくると髪をいじりながら、佐々木きょうこは言った。
なんでもないことのように。
「私たちのクラブの目的は、ムータロウ=トロールという妖精の秘密を解くことなの。
13番目の季節に、わずかな時間のみムータロウ=トロールは存在を許される。
そいつを捕まえて、拷問にかけて、
秘密を聞き出すの。
成功すれば、私やアンタも、もうちょっとだけマシな人生を楽しめるのよ。
そして、アンタは私たちのクラブの入会届けにサインした。だから、アンタはここにいる。」
曖昧だが、俺にはサインをした記憶がある。目の前にいる美少女女子校生と少しでもお近づきになりたかっただけかもしれない。
でも、3周目ってなんだ?
「穏やかな話じゃないな。
その秘密の持ち主は
恥ずかしがらないでこっち向いて❤️
みたいな感じの北欧神話だかなんだかの妖精のことか?」
「そんなヘンテコな歌は知らないわ。
でも、ムータロウ=トロールは生まれては
すぐに消えていく儚い存在なの。
それを感知できる能力をもつ者は、この世界の少数派。アンタにもその力がある。だから勧誘したのよ。」
「能力ってか?
この俺が?
で、その話とそこの3枚の写真になんのつながりがある?
だいたい見つけろって言われてもどんな容姿をしてやがるんだ?その妖精さんは。」
「見た目は、安定していない。ムータロウ=トロールを探し出すには、まずは感じるしかないの。3枚の写真は、過去のアンタが見つけ出したムータロウ=トロールへと繋がるための鍵よ。それを生かす事ができず、諦めの境地に至ったアンタはこちらの世界で死に、もとの日常へ帰っていった。でも、諦めきれずにまたここへ戻ってきた。」
「まったく記憶はないし、信じることもできかねるが、まあ写真について詳しく教えてくれ。」
「1枚目の写真のオヤジは、詩人で哲学者でアナーキストでもある。アンタが迷っているときにアンタの前に現れるアンタの同士よ。」
「アナログレコードでも売りつけて来たりするのか?」
佐々木は、自分の興味外にある文言には、無視する戦略に切り替えたらしい。
頭の中は次の写真のことにうつっているみたいだ。
「2枚目の写真、アンタは誤解してるけど、
問題にしてるのは幼女ではなくアイスクリームの方。そのロゴをよく覚えておきなさい。他人の幼女趣味に対してとやかく言うつもりはないけど、注目すべきは、そのアイスクリームの方。
ひどく、自分が頼りない存在だと思えるとき、そのアイスクリームを見つけ出して食べなさい。真冬で凍えそうな時でも口に入れること。そうすれば、エネルギーに満たされて、ことが上手く運ぶようになる。」
回復アイテムか。俺のエネルギーゲージはどのくらいあるのか?
ものごとが割とすぐにどうでも良くなるタチなんだが俺は。
「その堪え性のないところが、アンタの敗因なのよ。
過去のシークエンスにおいてね。
3枚目の写真のヤツは、私たちと同じクラブの副部長に今は就任している。いつも近くにいる。
アンタのお目付役にも就任しているから、
なんでも彼に相談なさい。」
「美少女のお目付役が欲しかった。あるいは、26歳くらいの、、、」
「アンタは、明後日の放課後までに私に結論を伝えなさい。
断るなら、ノーを。
ノーを選んだ場合、もといたアンタの部屋にすぐに返してあげる。
アンタは、もとの日常に戻るの。
冒険を拒んだものの生きるべき日常へ帰っていく。
その生き方を否定はしない。
自分で結論をだしなさい。」
暖色系のLEDライトが部屋を穏やかに照らす。
紫とピンクが燃えている夕焼けが絵画のように窓にこびり付いている。
ここ数日の日常、それは、生まれて初めて飲んだクリームソーダのような感触を俺にもたらしていた。
時間が経てばそれは、ひどくつまらなく憎たらしい濁った存在として、飲み干されることもなく、下げられるだろう。
いま、それを躊躇なく飲み干せば、あるいは魅力的な刺激を感じることができるかもしれない。
今の時点では、レトロな喫茶店の目の前にあるクリームソーダは、美しかった。
明後日の放課後、そんな感想を俺は佐々木きょうこ
に伝えた。
答えはイエスだ。
覚悟して待ってろ。トロールとやら。